20歳で達成!父と息子で挑んだブルベ1500kmのロードバイク冒険記
20歳の安斎拓真さんは、父親と共にロードバイクの過酷な挑戦「ブルベ」の最高峰、スーパーランドヌール(SR)を見事に達成しました。全長1500kmにも及ぶこの壮大な旅は、父の熱意と息子の好奇心から始まり、数々の困難を乗り越えながら親子の絆を深めていきました。この物語は、ロードバイクを通じて成長し、新たな目標を見つける若者の感動的な記録であり、スポーツ自転車専門メディア「Cycle Sports」の企画「ぼくとわたしのサイクル日記」に寄せられた読者の投稿です。
安斎さんがロードバイクの世界に足を踏み入れたのは、大学入学後、退屈な日々を送っていた頃に父に勧められたのがきっかけでした。初めての荒川サイクリングでいきなり100kmを走破し、その疾走感と達成感に魅了された彼は、すぐにロードバイクの楽しさに夢中になりました。多摩川、江ノ島、東京観光など、様々な場所をロードバイクで巡る中で、彼は父が挑戦している「スーパーランドヌール(SR)」という目標の存在を知ります。当初はあまり興味がなかったものの、父が300km、400km、600kmと距離を伸ばし、疲れ切って帰ってくる姿を見るうちに、自分もその偉業を成し遂げたいという強い思いが芽生えました。
20歳になり、ブルベ参加資格を満たした安斎さんは、2026年1月からSRへの挑戦を開始しました。ロードバイク歴が浅くブルベ未経験だった彼にとって、機材選びや装備は未知の領域でしたが、前年にSRを達成していた父が、愛車のウィリエール(Wilier)のブルベ仕様への調整から必要な装備まで完璧に準備してくれました。特筆すべきは、安斎さんがこの過酷な挑戦をビンディングペダルではなく「フラットペダル」で挑んだことです。日頃の「脚トレ」が、フラットペダルで長距離を走り抜く基礎体力となったと彼は語ります。また、ライド中の時間管理や休憩ポイントも、全て父が緻密に計画しており、多くのハプニングから彼を救うことになります。
最初のブルベは「いってこい伊豆網代(200km)」でした。強風に見舞われながらも、信号のある一般道を走る非日常感を味わいながら完走。昼食場所が見つからず、父がハンガーノック気味になったハプニングも良い思い出となりました。続く「いってこいカスイチ(300km)」は平坦で走りやすいコースでしたが、今度は安斎さん自身が補給を怠り、ハンガーノック寸前に陥ります。しかし、残り200kmという絶望的な状況の中、父の励ましと牽引のおかげで、彼は何とかゴールまでたどり着くことができました。次に挑んだ「ぐるっと首都圏L(400km)」では、前半は好調だったものの、深夜になると強烈な睡魔に襲われ、畑の脇やコンビニの横で短時間の仮眠を取ることに。その間、隣で見張ってくれていた父は体調を崩してしまいましたが、それでも最後まで走り切る父の凄さに、安斎さんは改めて感銘を受けました。
そして、最大の試練となったのが「いってこい御前崎(600km)」でした。前日から体調を崩し、風邪気味でお腹の調子も悪かった安斎さん。通常なら棄権すべき状態でしたが、「これを完走すればSR達成」という強い意志が彼をスタートラインに立たせました。1日目の終盤、300km地点では肉体的・精神的な疲労が限界に達し、リタイアの文字が何度も頭をよぎりました。翌朝は、精神的な疲労を上回る肉体的な痛みに襲われ、腹痛や脚の痛みに耐えながら400km地点へ。さらに向かい風や補給の遅れから時間の余裕が少なくなり、休憩時間を削って先へ進み続けました。550km地点の江ノ島付近では、ロードバイクのサドルのネジが緩んで外れるという機材トラブルまで発生。これも父の応急処置で何とか持ちこたえ、満身創痍の状態で39時間6分かけて完走。20歳の安斎さんと父は、見事にSR達成の瞬間を迎えました。
振り返ると、安斎さんのSR達成は、父の経験、緻密な計画性、そして献身的なサポートがあったからこそ成し遂げられた偉業でした。精神的な支え、機材のメンテナンス、そしてタイムマネジメントの全てにおいて、父の存在が彼を奮い立たせ、ペダルを回し続けさせました。この挑戦を通じて、安斎さんは、次にSRを目指す際には、準備から走行管理まで全てを自分の力で成し遂げたいという新たな目標を見つけました。20歳という節目に親子で手にしたSRの称号は、彼にとってのゴールではなく、自立したサイクリストとしての新しいスタートラインとなったのです。フラットペダルの相棒と共に、さらに多くの場所を旅し、ロードバイクへの理解を深めることを楽しみにしています。