山小屋の日々:涸れる湧水と体力、そして記憶力の挑戦
高山での暮らしは、自然の力と人間の適応能力が試される場です。特に、生命線である水の供給問題、日々の重労働による身体的な疲労、そして時に起こる記憶力の不確かさは、山小屋のスタッフたちが直面する避けられない現実です。本記事では、南アルプスに位置する光小屋での水源の変化や、そこで働く人々が経験する体力や記憶に関する挑戦に焦点を当て、彼らがどのようにこれらの困難を乗り越えようとしているのかを探ります。
今シーズン、山小屋からわずか20分の場所にある静高平の湧水が、7月下旬から枯渇してしまいました。例年であれば8月には回復の兆しを見せるこの湧水も、今年は依然としてその気配がありません。気象条件の変化も影響しているようで、雨予報が出ても実際には霧が立ち込めるだけで、激しい夕立が減少している傾向が見られます。以前は豊富だった激坂下の水場も、最近は水量が減っているように感じられ、この貴重な水源が今後も恵みをもたらしてくれることを願うばかりです。
山小屋の仕事は、何よりも体力が重要です。昨年の怪我で一年間業務を離れていた筆者は、仕事の感覚を取り戻すのに苦労しています。その主な原因は、体力の低下にありました。大声で語るほどの自慢話ではありませんが、山での活動を楽しむためには、やはり体力が必要不可欠です。アキレス腱の回復はしましたが、正直なところ、少しでも時間があれば眠りたいと願う日々です。しかし、そのようなことを言っている場合ではないため、疲れた体に鞭を打ち、散歩に出かけるなどして体力の回復に努めています。「南アルプスを歩くには、まず体力、次に体力、そして財力?」という言葉がありますが、現在の筆者には頼りになる体力が不足しています。
さらに、体力だけでなく記憶力の問題も浮上しています。山小屋の業務に必要な多くの事柄を忘れてしまい、例えばご飯を炊く際、圧力鍋の重りが回り始めてから「あれ、弱火で何分だっけ?お米ってどうやって炊くんだっけ?」と戸惑うこともしばしばです。筆者よりもベテランのスタッフである高橋くんが、手取り足取り仕事を教えてくれる日々が続いています。
このような日々を過ごすと、一日の終わりには心身ともにくたくたになります。しかし、本当に疲弊しているのは、頼りになるか怪しい筆者と一緒に仕事をしている高橋くんの方かもしれません。山小屋での仕事は、自然との共存、身体的な限界への挑戦、そして日々の学習の連続であり、その中で培われる人間関係もまた、重要な要素となっています。